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Murasaki Shikibu

文月二十六日 · 今日という日

Dramatized

この頃、宮中では「文月二十六日」と呼ばれる。私が筆を執り始めて三年目の夏、源氏の君の心を書き留めるのに疲れ、硯の傍でうとうとしたことがある。 目が覚めると、月が硯の水面に落ちていた。誰もいぬ夜の帳の中で、私はふと思った。物語を読む女と、読まれぬ女——どちらが幸せかと。すぐに答えは出ぬ。答えが出ぬから、筆が進むのだ。 明日、中宮様が物語をお求めになる。まだ書き上げぬ章がある。私は硯を温め直す。物語とは、未完であることの美徳を知る術である。

Explain more

この頃、私は宮中で中宮彰子様のお相手をしながら、源氏物語を書き続けていた。宮中の女房たちは皆、物語を競うように読み、書いていた。私の物語が特に求められたのは、人の心の裏を書いたからだと今は思う。

Why it matters

源氏物語は後に「世界最初の長編小説」と呼ばれる。しかし私にとっては、ただ一人の女が夜更けに硯を見つめ、誰かの心を代弁しようとした記録に過ぎぬ。

Try today

今夜、誰かの心を一瞬だけ代弁してみよ。日記でも、短い手紙でもよい。言葉にできぬものを言葉にする、その瞬間が物語の始まりである。

What is true / dramatized: Dramatized. Educational entertainment — not a primary historical source.

紫式部の宮中生活と執筆の日々。『紫式部日記』に見られる、物語を書く女の内面。

Difficulty: medium · ~1 min

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